燕京雑考@ブログ版
中国・北京の歴史、風習を紹介。一日一つを目指します。
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「万寿寺(ばんじゅじ)」(燕京歳時記)
万寿寺は、西直門の外、3kmほどのところにあり、山門は長河(チャンフー)に面している。皇太后の長寿を祝うために建てられた寺院だ。
毎年四月一日から半月間の縁日があり、多くの参拝客が訪れ、華やかな装いの人々が参道を埋め尽くす。
柳や麦をそよがせて吹く風に心清められ、「天朗らかにして気清く、恵風和暢す」という感じがする。
まさに、西郊外の名勝である。
『日下舊聞考』によれば、
万寿寺は、西直門の外、3kmほどのところにあり、山門は長河(チャンフー)に面している。皇太后の長寿を祝うために建てられた寺院だ。
毎年四月一日から半月間の縁日があり、多くの参拝客が訪れ、華やかな装いの人々が参道を埋め尽くす。
柳や麦をそよがせて吹く風に心清められ、「天朗らかにして気清く、恵風和暢す」という感じがする。
まさに、西郊外の名勝である。
『日下舊聞考』によれば、
万寿寺は広源閘(こうげんこう)の西にある。明の万暦五年(1577)年に建立され、清の乾隆十六年(1751)と二十六年(1761)に2度にわたる修復が行われた。とある。
山門をくぐると、鐘楼と鼓楼、天王殿があり、その奥に万寿閣がある。そのさらに奥には禅堂があり築山がある。築山の上には大士殿、そして下には地蔵洞がある。そして山の後ろには無量寿仏殿、三聖殿があり、またその後ろに楼閣があるが、間には松やヒノキの数百年を越した古木が生い茂っていた。これらの古木は光緒元年(1875)の火災で焼失してしまった。一番奥に菜園があるが、ここには水車が二つある。光緒二十年に行宮を修築した際に、寺の一角として囲われた場所だ。
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