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燕京雑考@ブログ版
中国・北京の歴史、風習を紹介。一日一つを目指します。
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十月一日は、都の人にとって墓掃除の日だ。俗にこの日を「寒衣を送る」日という。

『北京歳華記』には
十月一日に墓に参るのは、中元の日と同じである。トウニグダで祭りをする。
と書いてあるが、トウニグダは元のモンゴル人の言葉で、これが一体何をさすのか、今ではわからない。

『帝京景物略』には
紙屋では、さまざまな色の紙で30cmほどの男女の服を作る。これが「寒衣」だ。「過去帳」という死者の姓名や一族の関係などを書いたものがあが、家族からの手紙のようなものだ。家々では、夜、先祖を祭り、門の前でそれらを焼くが、それを「寒衣を送る」という。
と書かれている。今では「寒衣」は冥土銭の包みに取って代わられた。冥土銭の包みは、あの世で使うお金を紙の袋に入れたもので、封をして表に「過去帳」のように死者の姓名を書いたものだ。


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訳注:

過去帳: 原文は「疏印」ということば。意訳して過去帳としました。

中国で、お墓参りをする代表的な日は、
「清明節」、「中元」、そしてこの「送寒衣」といわれる、旧暦の十月一日です。


こちらの絵もご参照ください。
北京民間生活彩図:焼包袱図(包みを焼く図)

2012/04/04 初稿
2015/11/09 画像追加


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「タケノコと白魚」(燕京歳時記)

十月、都にタケノコと白魚の初物が届いたとき、三月のイシモチと同様崇文門の監督は通例通り宮廷に献上する。

訳注:
三月のイシモチ:燕京歳時記三月の黄花魚と大頭魚 をご覧ください。
鳥の渡りには季節がもっとも関係している。都では十月以降、シメなどが見かけられる。シメは20cmほどで灰色の体で黒い翼をしている。嘴が黄色く尾は短い。市でこれを買って調教すると、空中の弾丸を捕らえるという。そのためタマハジキという名前もある。イスカは大きさが15cmほどで、嘴が左右に交わっている。その違いでオスメスを見分ける。赤と黄色の二種がある。よく訓練されたものは錠前を開けたり、旗を嘴でくわえたりする。紅すずめは普通のすずめより小さく、頭の先が赤い。イスカのように芸を仕込むことができ、イスカよりもうまい。老西児はシメに似ているが、嘴は黒い。いろいろな芸をするが値段は安い。ゲテモノ食いの輩はこれを食べるという。燕巧児は燕に似ている。空中の弾丸を捕らえることもできる。また飛ぶ速度もとても速い。これらは都のこの季節の鳥だ。秋にやってくる鴻雁や土地の神様の秋祭りのころにやってくるツバクロについては『礼記・月令』にも記載がある。

水ウタは、チーズと砂糖を合わせたもので、天気が寒いときに、その寒さを使って夜に作る。それは霜のように真っ白だ。食べると雪をかむような感じがする。これは北国の珍味だ。梅型や吉祥模様の形があり、箱に入れておく。ミルクウタは同じようなものなのだが、味が多少劣る。

栗、サツマイモ、中果、あめ、満州菓子、芙蓉菓子、飴かけ菓子、こさんざし


都の食べ物は季節と関係が深い。十月以降には、栗やさつまいもが出てくる。栗が出ると、黒砂でいり焼きにすると、甘くてとてもおいしい。灯りの下で読書をするときなど、これを剥き食べると特別おいしい。サツマイモは貧富を問わずみんな好きだ。特になにもせず、ただ焼くだけで、自然と甘くおいしくなる。山芋や里芋と比べると夜を救うに足りる、特別有用な食材といえる。中果やあめはいたるところに見られる。サチマという満州菓子は、砂糖、バターと小麦粉を混ぜて作ったもの。形はもち米のようだが石綿作りのコンロで焼くと四角くなる。甘くしっとりして食べるに値する。芙蓉菓子はサチマと同じようなものだが、違いは赤い砂糖が表面についていて、美しく芙蓉のように見えるからそういう名前がある。飴かけ菓子は、竹串にブドウ、山芋、海棠の実、サンザシの実などを刺し、氷砂糖でからめたものだ。歯ごたえがあって、冷たい。冬の夜、これを食べると、石炭の気(一酸化炭素)を取ることができる。こさんざしはさくらんぼの様だがそれより実が硬い。はちみつ漬けにするが、甘くすっぱい味がする。酒の肴に最適だ。これらはみな、都の季節のだべものだ。

『宸垣識略』によれば
前の明の時代には、冬至になるとお役人たちは甘い食べ物を一箱賜ったという。一箱に七種の菓子が入っていた。これを松のハイリカンというのだが、鄭以偉によるとハイリカンとはその文字についてもよくわからず、いったい何であるのか今ではわからないという。多分モンゴル語から来ているのかもしれない。

という記載がある。満州語から来ているサチマのようなものだろう。
『戒菴漫筆』の記載によると、
明の時代は四月八日にご門の外で役人たちにプロシャというものを賜った。

とあるが、このプロシャなるものもモンゴルの言葉だ。粽だとも言われている。極端な見方をすると今の夏の菓子のようにも思えるが、今となっては調べるすべもない。これらはサチマから連想したから書いたに過ぎない。

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